「セックスレスと妊活は別問題」と言われた日

日本では、半数あまりのご夫婦が

「レス夫婦」なのだとか。

実は、私にとっては

結婚する前からの最大の悩み。

お付き合いをしている頃

当時の夫(彼氏の時)はとても忙しく、

私は「仕方ない」と思っていました。

仕方ないと思っているのか、

その気がないのか、

思い切って指摘したこともあります。

そのとき、夫に言われた言葉は

今でも忘れられません。

セックスを義務的にしたくない

(ただ、今日は疲れてるからと

言われてはぐらかされる方がマシかも。

吉野弘さんの『身も心も』にある真理

人によっては悲しみが倍増するものね)

ショックと戸惑いを感じつつ

若い日の私は、「きっと、一時のこと」だと

受け流しました。

結婚したら自然に解消するのではないか。

そのはず。毎日一緒に住むのだから。

どこかで安易に考えていました。

半同棲は続き、プロポーズ、結婚順調にステップを進めました。

でも、結婚しても、

状況は大きくは変わりませんでした。

その後に私は、会社の健康診断で

何気なくオプションをつけた

子宮頸がんの精密検査で高度異形成 が見つかり、

円錐切除術 を受けるに至りました。

これは全くの想定外。

手術の影響で、新婚間もない時期だというのに

半年以上は夫婦生活もありませんでした。

体の回復が最優先の時期でした。

そして、体も心も少しずつ落ち着いてきて、

いよいよ妊活を始めようとしたとき。

やっと、夫婦生活が再開しました。

29歳になっていました。

でも、それは「排卵日だけ」でした。

私は、もっともっと前から子どもが欲しかった。

でも夫は、

「まだ今じゃない」と言い続けていました。

仕事の見通しが立ち、

子どもを現実的に考えられるようになった頃。

夫の思考や行動は、とても理性的で、

計画的であり、戦略的だったのだと思います。

だけど、私の心は追いついていませんでした。

セックスレスを改善する努力は、

夫からはほとんど感じられなかった。

嫌がっていたはずの

「義務」を排卵日にだけする。

排卵日を共有するアプリを

夫婦で入れていましたが、

排卵日の通知が来た日だけ誘ってくる夫に

私は正直、戸惑っていました。

不信感さえ抱くようになりました。

本当は、もっと自然に触れ合える関係を

取り戻したかったからです。

「子どもを作るための時間」ではなく、

夫婦としての時間を取り戻したかったのです。

苦しくなって、

拒みたくなる気持ちもあったので、

私は勇気を出して、自分の本音を伝えました。

「まずは、セックスレスを解消したい」

「今の状態で、いきなり妊娠を目指すのは難しいと思う」

そのとき、夫は言いました。

「セックスレスと妊活は、

別問題で考えた方がいいよ」

頭が良くて、何でも諭すように話す夫です。

このときは

心にピシッとヒビが入ったような気がしました。

別問題なのだろうか。

私にとっては、どうしても別には思えませんでした。

むしろ密接なものでしょう。

夫婦としての関係がうまくいっていないのに、

子どもを授かることだけを目標にすること。

それは、どこか苦しいことのように感じました。

その後も何度か話し合いをしました。

でも、お互いの考えは簡単には交わりませんでした。

ちょうどその頃、

世間ではコロナが流行し始め、

私たちの生活も大きく変わっていきました。

そして、結婚式を目前とした日に

自分の父が亡くなりました。

仕事も忙しくなる年齢で、

悲しみを乗り越えるためにも、

私は仕事に打ち込むようになりました。

気づけば、セックスレスのことも、

夫婦の問題も、

心の奥に

とっても深い奥底に

しまい込むようになっていました。

今振り返ると、

あのとき私は仕事に全力を尽くし

大切なことを全力で「見ないふり」していたのだと思います。

でも、その蓋をした感情とは、

不妊治療を始めるときに

もう一度向き合うことになります。

このときはまだ、

私たちが顕微授精に進むことになるとは、

想像もしていませんでした。

次回は、不妊治療を始めるきっかけになった病院との出会いについて書きたいと思います。

余談:

もうひとつの「見ないふり」は

父を亡くした喪失感や、悲しみ、虚しさ。

その感情には、新しい命の誕生の折に初めて素直に向き合うことになります。

それにしても

・義務的にしたくない

・セックスレスと妊活は別問題

ボディーブローのようにジワジワくる。

未だに思い出す度に、心を消耗させるひと言よ。

思えば、暫くの間、

母や友人とも、あまり連絡もとらずに、

夫とは中身の無い会話だけをして、

何だか寂しい時間を過ごしました。

自分を愛する心がなく、

ただ組織や社会への貢献を大義名分として

朝から晩まで忙しく生きている時期でした。

自分で自分の充実感を作れて

価値ある時間ではありましたが。

傷つくことを無理やり避ける生き方は

自己防衛に見えて、実は自分を苦しませてる、

ということもある気がするな。

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